people

この人のすてきなこと

関西で初めて開催されたfoodremediesお菓子教室

 

シュトレンで恋に落ちた佳子さんの味。

夏に開催されたデザートの会で、流れてくる音楽に耳を傾けながら「あ、チェット・ベイカー。いいですよね」と、ケーキにクリームを塗りながらながらぽつりと言った長田佳子さん。じつは音楽が大好きな菓子研究家です。この日は映画『真夏の夜のジャズ』がテーマで、映画に登場したウエストコースト・ジャズのミュージシャンの曲が流れていました。

2年ほど前、初めて手にした佳子さんのシュトレン。茶色いきび糖を纏ったシュトレンは丸くて小さくてすべすべしていました。ふだんは白い粉砂糖で覆われたどっしりとしたものを食べていたので、ずいぶん違うなぁと思いながらひとくち食べると今まで食べたことのない味に衝撃を受けました。味や香りの一つひとつは主張をしないのに味がぎゅっと詰まっていて、かめばかむほどおいしさが広がり…、完全に調和したオーケストラみたいな味のハーモニー。この味はいったいどこから来るんだろうと袋をひっくり返して原材料表示を見たものの特別なものは使われていない。魔法のシュトレンと秘かに名をつけました。

そのころ『ヤエカ』の「プレーンベーカリー」で焼き菓子の開発をしていた佳子さんはほどなく独立、菓子研究家として自分のお菓子づくりを始めました。名前は「foodremedies」。フードレメディ、食べるレメディ。

レメディとはホメオパシーなどで使われる植物や鉱物などを希釈して混ぜた砂糖玉(糖液)のこと。体の不調の原因となる症状を引き起こすであろう物質を、直接影響がないくらいごくわずか摂取することで、それに抵抗する体の自己治癒力を引き出して不調を治そうとする考えをもとにつくられたもの。

「20代のとき、父が亡くなったことをきっかけに西洋医学への疑問がわいてきました。例えば、風邪を引いて病院に行ったら抗生物質や解熱剤を出されてあっという間に熱が下がる。でもそれって体にとっていいことなのか悪いことなのか…。体が熱を出して自分で治癒しようとしているのに薬でそれを妨げたり、抗生物質を飲んでウイルスを簡単に退治することで本来持っている治癒力を低下させたり…。そういうことを考え始め、ちょうど30歳になったころからレメディを使い始めました。ただ頭が痛いからといってレメディを飲んでも鎮痛剤のように劇的に効くわけではないので、時間をかけて自分の体と相談しながら治すということを始めました」。

いまではレメディは生活の一部にもなっているという佳子さん、自分の思い描いてきたお菓子づくりに名前を付けるとしたらレメディしか思い浮かばなかったと言います。

_img_1947

レーズンとハーブを挟んだバターサンド

__img_5900

2016年夏にD+E MARKETで開催された真夏のアフタヌーンティーの様子

 

自分の体調不良から考え始めた、癒すお菓子

 あるとき昔の友人と数年ぶりに再会したら、彼女もお菓子づくりをしていたことから、ふたりで一緒に月島の小さな焼き菓子店を始めることになりました。そうして2年ほどたったとき、その友人が結婚で関西に引っ越すためにお店を締めることに。そんなときタイミングよく昔から知っていたアロマの先生からアシスタントをしてもらえないかと尋ねられ、お手伝いをすることになりました。ほどなくして今度は『ヤエカ』から、これから飲食の部門を始めるのでお菓子を考えてほしいというお話が。

 こうしてお菓子の開発とアロマのお店の両方を引き受けることになった佳子さんですが、2つの仕事をこなす忙しさとストレス、試食による糖分の摂りすぎなどから、一時はお菓子づくりを辞めようかというほど体調を崩してしまったのです。

それを救ったのがアロマの先生のアドバイス。「砂糖を断つのではなく、何かほかのことでバランスを取るといい」という言葉。たとえばお風呂に入るときに漢方オイルを少し垂らすとか、生活にアロマを取り入れることでストレスを溜めないようにするなど、リラックスすることの大切さを教えてもらいました。こうしていつものレメディにアロマと漢方が加わり、体調も落ち着いて、「プレーンベーカリー」で納得がいくまで焼き菓子をつくり続け、3年後に独立することになったのです。

糖分の取りすぎは良くないけれど、お菓子を食べると幸せな気持ちになれて自然に笑顔になれる。だったら砂糖の量を減らして、体にできるだけ負担が少なく、食べて癒すことができるお菓子をつくろう、とfoodremediesはスタートしました。

「甘味が乗っている旬のフルーツをもとに、ハーブやスパイスを使うことで甘みのバランスを取っています。使う砂糖は、精製度の低いきび砂糖や甜菜糖です。フルーツやハーブのほか、粉は国産のもので、ケーキにはしっとり焼きあがる小麦粉を使い、クッキーには食感の特徴がでる小麦粉を使っています。ほかにはクッキーの場合“なるべく粉をふるわない”こともしています。手で粉をほぐすようにじっくりと混ぜてなめらかにするとふるう必要はなく、こうすることで均一になりすぎずに食感がとてもいい感じになるんですよ」と佳子さん。

魔法のシュトレンはとても薄く切ることができます。きび砂糖と生地とフルーツがしっとりとくっついていてボロボロしないから。味わいと同時に食感にも驚いたのは、粉の扱い方に秘密があったんですね。

「お菓子を毎日食べようとは言えないですけれど、朝の体にはこのぐらいの薄い味がいいとか、二日酔いだからパンは食べられないけどショートブレッドだったら入るかな、というように状況に合わせて味をつくれたらいいなぁと思っています。カロリーメイトみたいになれたらいいな」。その言葉を実現するべく、今はいろいろなところでいろいろなテーマに合わせた癒しのお菓子をつくっています。

__img_6124

ハーブの入ったミニスコーン

_img_1944

ホワイトチョコが入ったバタークリームを挟んだバターサンドをつくる佳子さん

 

佳子さんの知られざるもうひとつの顔「実は音楽好き」。

「実はわたしレコードショップで働いていたことがあるんです。そしてなぜかブラック・ミュージックの担当だったんです(笑)」。知られざる佳子さんのステキなヒストリー発覚です。

佳子さんのiPhoneのミュージック・ファイルを見せてもらうとチェット・ベイカーがずらり。しかもとってもレアなアルバムまで入っています。ほかにはジョニ・ミッチェル、トム・ウェイツ、ユセフ・ラティーフ、ジム・オルーク、シルヴィア・ペレス・クルース…。「シルヴィア・ペレス・クルースいいですよね。ファドみたいな音楽も好きなんです」と言う。その男前なラインナップに驚いていると、「音楽がとても好きで、上京したてのころは音楽のことばかりでした。音楽の原点は何だろうと考えているうちにゴスペルにたどりつき、教会にも通い始めたんですが、宗教という超えられない壁に当たってしまって…。それ以上深入りすることを断念しました。

人と関わるということをわたしは音楽では見つけられなかった。ひとりで聴いて気持ちいいで完結してしまっていたんです。でもお菓子をつくることを始めてからは、つくったものを食べてくれる人がいて、材料をつくる人たちがいて、いろいろなやり取りが生まれて、人と関わることの大切さに気づかされました。でも、音楽も一人でなくていろんな人と関われるんですね。また音楽の熱が上がってきそうです」と佳子さん。

佳子さんのお菓子は自然で優しい味わいなのに、いままでに出会ったことのない驚きのおいしさを感じることができます。魔法のシュトレンのほかにも、ひとくち食べただけで幸せになれる代表的なお菓子がたくさんあります。例えばくるんとしたメレンゲ。口に入れるとしゅわしゅわっと溶けてロースマリーやカルダモンなどハーブやスパイスの香りが口いっぱいに広がります。今までメレンゲはあまり得意でなかったわたしも思わず虜になってしまうほど。もう一つはキャラメル。ミルクジャムを舐めているみたいなとろとろのキャラメルは濃密でラベンダーの香りがほんのりとして忘れられないおいしさ。これもメレンゲ同様に今まで持っていたキャラメルの固定観念を覆す味。そしてレモンケーキ。アイシングのかかった美しい姿をしたパウンドケーキは、レモンの皮や果汁をたっぷり感じるフレッシュな味わい。次から次へと名前はごく普通なのに、ハッとするほど新しくておいしいお菓子を出されて、いったいどうやったらこんな味ができるのと疑問がふつふつと湧いてきたとき、待望のレシピブックが出版されました。その名も『foodremediesのお菓子』。装幀も写真もすべてがとてもステキな本ですが、レシピの最後に佳子さんのひとこと添えている言葉に胸がキュンとなります。例えば「いつか、レモンの木のそばで暮らせたらと、夢を見ながらレモンケーキを焼く」。

音楽とお菓子、どちらも聴く人と食べる人に豊かな時間を与えることができ、いろんな人と世界を共有できると思います。音楽とお菓子が一緒になったら、ふたつの世界はもっと広がるかもしれないなと、佳子さんのメレンゲを頬張って癒されながら、そんなことを思います。

_img_4535

苦楽園『fluffy & tenderly』のオープニングでビクトリアケーキをサーブする佳子さん

__img_6030

糖分控えめで素材の味を活かしたfoodremediesのお菓子はワインとの相性もいい

_img_2007

ガレットのように程よい食感のタルト。柿のハーブマリネと香ばしく焼いたヘーゼルナッツが驚きのハーモニーを奏でる

written by Mika NAKASHO