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この人のすてきなこと

日の出の後の日照時間は20分。そのまま太陽は顔を出さず、夕日に変わった。ラップランドにて。 


flameの神達謙一さんがいま思うこと。

神達健一(flame) × 吉本宏(resonance music)

2014年に、「音楽や食を介して人が集まり響き合うサロンをつくりたい」という思いから、芦屋川沿いの灯りのアトリエ『flame』にて、神達さんとともに小さな演奏会を開きました。このサイトは、その演奏会の名前から「salon de resonance」と名づけました。また、神達さんには、レゾナンス・ミュージックから新しくリリースしたCDブック「BEAU PAYSAGE Pinot Noir 2015」に灯りについてのコラムを書いていただきました。

神達さんにsalon de resonanceの会を開きたいと思った理由や、いま考えていることについてお話を聞きました。

日々の生活の中での違和感

神達謙一:まず、ぼくのこれまでのことについてお話しさせていただくと、芦屋に越してくる前は大阪の堀江で灯りのショップをやっていました。けれど立地のいい場所にお店をつくって、ランニングコストをかけて、夜遅くまで仕事をしていくという、その商売のやり方にすごく違和感を感じて、自分自身のあり方をもう一度見直したいと思ったんです。世の中の成り立ちって、好きなことを極めていれば必ずいいものができて、そのそれぞれの分野のものが社会を形成して、世の中のためになるというのが本来のあり方だと思うんですよね。

吉本宏:お店は順調だけど、何か満たされないという?

神達:ビジネスとしてはうまくいっているけれど、生活を豊かにするとか、楽しむとかいうことがまったくできていなくて、自分たちのやりたいことをしっかりと伝えるための場をつくりたいと思い、あちこち自分の理想とする場所を1年半かけて自分の足で探し出して芦屋に移ることを決めたんです。自分がその場に長くいることでよりその場所のよさが見えてくるような場に移りたかったんです。さらに、引っ越しの当日に、あの3月11日の地震があったんですね。テレビで津波に流される家を見て、苦労して建てた家が一瞬で流される風景を目の当たりにしてさらに愕然として、これはいままでの価値観を一度リセットしないといけないな、ほんとうの豊かさって何だろうって思ったんですね。

吉本:どんなにあくせく働いて物質的に豊かになっても、自然の前ではどうにもならなくて、何か違うんじゃないかなということを肌身で感じたんですね。

神達:そのころ、北極圏に近いラップランドを旅して、森と湖に囲まれた場所で4日ほど小さな小屋で自給自足のような生活をしたんです。そのときに感じたことなんですが、水を汲みに行って、薪を割って、ご飯をつくって、キャンドルに火を灯したりしているとほんとうにあっという間に1日が終わるんでですよ。時間も手間もかかって大変なんですけど、生きているという充実感がすごくてね。逆に日本では、食事も手軽にできて、なんでもコンビニで買えて、お金さえあればなんの不自由もなしに生きていけるけれど、もし自然の中に放たれたら真っ先に死んでしまうなと思って。それくらい自然の中でダイレクトに生きることをしていないし、自然を楽しむこともできないというのはどうなんだろう、これで幸せといえるのかと、思ったわけです。

吉本:そんな風に自然の中に身をおくと、いまの世の中の情報の多さやスピードの速さに飲み込まれている自分をあらためて冷静に見られるんでしょうね。

神達:ものの見方が変わり、自分の中で価値の転換が起きました。お金があることがほんとうに幸せな人生なのか? 逆にお金は少なくても生きることを楽しんでいる人の方が、ぼくはいいなって思っています。

Laplandラップランドで過ごした小屋。目の前には湖が広がる。

fishingラップランドの人に釣りを教えてもらう。

神達:心にゆとりがあると、小さなことに対してもすごく喜んだりできて、きれいな夕日を観て心が動いたりとか。

吉本:心が豊かでないと、小さな感動には気づきにくいかもしれませんね。

神達:そんなこともあって、できるだけ生き方をコンパクトにし、暮らしをシンプルにしていくと、いまの暮らしや仕事は、とても有意義な時間を過ごしている感じがします。時間の流れはゆっくりとしているし、決して便利ではない場所にあるのに、わざわざ足を運んできてくださるお客さまがいて、自分たちもいい環境で、日々気持ちよく過ごしながら、いいおもてなしがやっとできるようになってきたんです。思っていることが伝わってきているんだなと思います。

吉本:お店を目指してこの場所まで来てもらって、実際に灯りに触って見て納得して買っていただくという理想のお客さんが、ひとりでもふたりでも増えればいいなという考え方ですね。

神達:そうです。それを5年、10年、20年と続けていって、本当に深く伝わった人から少しずつ広がっていって、ぼくたちも同じスピードで成長していくというくらいが一番いいんじゃないかなと思っています。お店はスタートから100%完成なんてありえないし、急ぐのではなくて、自分たちのペースで少しずつ、来ていただけるお客さんとゆっくりと対話しながら自分たちが思い描く理想を形にしてき、それを日々感じながらゆっくりとお店をつくっていくということがほんとうに大切なんだなって思います。

吉本:そういう考えのもとで、この『flame』の場所を使って、心が豊かになるような交流の場をつくりたいという思いが、salon de resonanceという形につながっていったわけですね。

神達:吉本さんが芦屋の『VERT』(オーガニックのワインや食品を扱う飲食店)で音楽を毎月会場で選曲をされていた「満月Pub」に初めて行ったときの、みなさんがゆっくりと自由に時間を楽しんでいる感じがとてもよかったんですよ。こんな感じのことをもっと発展させてできないかなと。

ashiya_river 緑が濃くなる季節の芦屋川。

flame日の暮れたあとの『flame』。

プライスレスな価値

神達:ぼくの場合は、もっと商売を抜きにして、純粋にモノをつくったり、提供している同じ価値観を持った人が集まって、その関係性の中で何か生まれるような、そんな昔のサロンのような場がつくれたらいいなと思ったんです。そこから新しい文化や価値が生まれてもいい。それぞれ分野は違っても、その道を探求している人たちが集まれば、きっとお互いに気づいたり、いい刺激を受けあったりできるだろうと。

吉本:今回は、レゾナンス“共鳴”という言葉が、キーワードでした。“共鳴”という言葉は、音を介して響きあうというところが、音楽が好きなぼくにとってもとても気に入っていて、これには地球の裏側にいる似た感受性をもった、友人でもあるアルゼンチンのカルロス・アギーレのような音楽家とも共鳴できるというニュアンスが感じられるんです。

神達:商売が入ってくると言いたいことも言えなくなるときもあるんですけれど、そういうものを抜きにして、純粋に何かに取り組まないと、ほんとうの意味での価値の共有って生まれないと思うんです。だから、このsalon de resonanceは、商売を抜きにして、すべてプライスレスでやりたかった。

吉本:プライスレスっていう考え方ってとても大切で、お金には代えられない出会いや経験ってほんとうに価値あるものだと思います。

神達:スタッフのみなさんとも同じ思いで充実した時間を過ごすことができました。

吉本:この演奏会ではお越しいただいた方に、普段はなかなかできないことですが、財布も携帯電話もカメラもカバンにしまってもらい、あとは自由にテーブルやソファでくつろいでいただきました。何かを選んだり、財布を出したり、SNSを気にしたりせずに、会話や食事、音楽を楽しんでもらえたと思います。そうすると、すべてがとても深く伝えることができたんです。

神達:スタッフみんなと試行錯誤しながら、それぞれの思いや考えを言葉にして伝えていくことで、見えてきた部分もとても多かったですね。自分たちが考えていることが相手にしっかりと伝わってだんだんと形になってくると、考え方の純度も高まってくるというか、とてもいい経験になりました。

吉本:ときにはスタッフ同士の重きを置くポイントが異なるので、意見が食い違うこともあったけれど、何度も話し合いをしながらやり遂げたことで、大きな気づきがありました。

神達:人それぞれの価値観はやはり微妙に違うので、この考えをマニュアル化したりする必要はないと思うんです。ぼくも思いが強すぎて、つい型にはめようとしてしまった部分もあったと思うんです。みんなそれぞれに心地よさの感じ方は違うので、もっと自由な場にできればさらにいいですね。今後は、何かイメージする言葉がひとつかふたつあって、それに共鳴してくれる人が、通過していくというくらいでいいのかもしれません。

吉本:それぞれのスタッフや、お越しいただく方々がそれぞれの気持ちを自然な形で響き合わせられるような、もっと時間にも余裕のあるような場所でできると面白そうですね。

神達:例えば、どこか自然の中で生活してみるとか、時間のことも忘れて、自分たちは自然の中に生かされているんだということまで感じながら、すべての感覚を自然の中に開放してみると、自分にとってほんとうに大切なものが何かに気づけるのではないかなと思っています。

about2_18-salons-long-table12014年春分の日に開催されたsalon de resonance

新たなレゾナンス

吉本:今回、山梨県で自然と向き合いながらワインを造っている、BEAU PAYSAGEの岡本さんと音楽を介してつながることができたのも、ひとつのレゾナンスなんです。岡本さんは、ぼくが友人とつくっているbar buenos airesのCDを聴いてくださっていて、いま始めている食のプロジェクトのサポートのためのCDがつくれないかとお話をいただいたのがきっかけです。ぼくの嗜好する繊細な音楽と、岡本さんの自然を写したようなワインには通じるものがあったんです。岡本さんにもsalon de resonanceの演奏会を通して僕たちが感じたことを話したのですが、深く共感してくださいました。

神達:今回ぼくは、そのCDのブックレットに灯りについてのコラムを書かせてもらったんですが、実はあの短い文章を書くのに本当にたくさんの言葉や文章を書き出して、何度も何度も書き直していったんです。自分を見つめ直してこれまでの考えを整理したときにあらためて見えてきたのは、日々の暮らしの大切さや、自分の好きな灯りも自然と向き合うものだということだったんです。そこが岡本さんのワインづくりと共通しているものがあって驚きました。

吉本:同じく、岡山の吉田牧場でチーズをつくっている吉田原野さんにも、チーズにまつわるコラムを書いてもらったのですが、これもやはり自然と向き合って初めていいチーズがつくれるということを書いていただいて、みなさんまったく違った分野なのに、根底に根差している思想がとても近かったです。

神達:これこそ共鳴ですね。

吉本:最近では、岡本さんにも「こうするとレゾナンスできませんか」と言われたこともあり、すでに動詞化されています(笑)。

神達:ぼくは山や海が好きで、普段から自然に接していることが多いので、自然の営みをいつも身近に感じることが多いのですが、やはり都会に暮らしていると自然を感じることが少ないとは思うんでけれど、もう少し自然と向き合うという意識があってもいいと思うんですね。例えば、日々の忙しい時間の中で、ゆっくりと沈む夕陽を眺めてみるだけでも、それはできると思うんですね。それが、日常の中にありながらちょっとだけ特別なsalon de resonanceという場を通して今後も伝えられるといいですね。

snow_mountain5月の乗鞍岳。夏には味わえない緊張感がある。