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この人のすてきなこと

Wine and Music in the Forest
岡本英史(BEAU PAYSAGE) × haruka nakamura Part2

2019年9月、学芸大学のカフェ『Hummingbird Coffee』で、音楽家haruka nakamuraと山梨のぶどう栽培醸造家・岡本英史が、昨年5月に行われた八ヶ岳高原音楽堂のコンサートを通してワインと音楽という分野を超えて、感じることについて対談をしました。

haruka nakamura(h) :コンサート前日に八ヶ岳高原音楽堂に入って夕方にピアノを弾いていると、ピアノの横の目線の先にちょうど一本の木があるのに気づいたんです。日が暮れてきて回りの景色の色が変わっていって、ふとメロディが降りてきてその時の印象が演奏当日の初めの10分間くらい弾いたピアノのモチーフになったんです。あの一本の木がとても印象に残っています。

岡本英史(O):最初にorbeの演奏が始まったときには涙が出そうになりました。もちろん聴いている人は木がモチーフになっているとは思っていなかっただろうけれど、コンサートが終わった後にとてもよかったと言ってくださる方がとても多くて、みなさんそれぞれに何か感じるものがあったと思いました。曲を聴いているというよりも何かを感じていたんだ、と。その”何か”とは自然が元になって生まれているから、とても大事だと思うんです。無意識の状態に訴えかけるものは、理屈ではなくて、自然に近ければ近いほど伝わるんだと思いました。とにかくorbeの演奏では何か空気が変わる感じがありました。人間は自然の中にいるのが一番落ち着くと思うんですね。“落ち着く”というか、あの音楽堂自体もそうですけど、“なじむ”という感じでしょうか。本当にharukaさんは何を感じて弾いているのかなとか、harukaさんが感じていることをもっと知りたいと純粋に思ったんです。

h:演奏の最初の10分間は即興なんです。そこから曲に入っていったんですけど、実は最初はピアノソロにしようかと思っていたんです。玄にも途中から入ってこられたら入ってきてねという感じだったんです。玄もぼくが何を弾くか解かっていなくて、ぼく自身も何を弾くかを決めていない。けれど、昨日から八ヶ岳でモチーフとして降りてきて鳴り続いているメロディがある。玄もしばらくはぼくが弾いているのを観ているという感じだったんです。

O:harukaさんは最初に弾いていたときに立ち上がっていましたよね。

h:ぼくの中でもすごく強い想いがあって、岡本さんと出会って、岡本さんからいろいろな話を聞いて、畑で音が生まれて玄とデュオを組んだということ、玄とは今まではエンジニアとミュージシャンという関係だったのが、今回はミュージシャン同士として歩き始めた。岡本さんから聞いた、ぶどうのためにきれいな雨をつくりたいという話や、循環の話が心の中に残っていて、八ヶ岳に着いてからずっと考えていたんです。そんな中で、本番を弾き始めると、玄がすぐにギターで入ってきたんですね。観ていると言っていたのに入ってきた。玄も熱くなっているなとうれしくなりました。それでまた循環を始めたんです。いつも立って弾いているわけではないんですが、音楽に入っていけたときに自然と立っていることが多いんです。最初の10分間にすべてを出そうと思ったんです。初めての岡本さんとの出会いからこれまでの物語をすべて。

O:最初の時間は即興だったんですね。あの瞬間はほんとうに素晴らしかったです。一期一会というか。いつでも即興をやれば素晴らしいかというと、そうではないということですよね。ワインづくりもそうなんですけど、自然に造るのに何年も時間がかかっているんです。最終的にはぶどうを信じることが大切なんですが、最初はなかなかそれができなくて。信じることはすごく勇気がいるんだなと思いました。勇気がいるということは信じていないということなんですけど、絶対にいいワインになるからと信じて手を出さないということと同じです。

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h:岡本さんのワイン造りの哲学や思想は理解しているつもりなんですが、実際にワインを造るときはどんな心持ちでいるんでしょうか? 例えばピアノを弾くときに、自然との対話と思いながら、なるべく自分の自我をださないよう弾こうと思っていて、よく弾こうとか感動してほしいなとか、あればあるほどうまくいかないんですね。なるべく自我がないように透き通ったフィルターというか、何もないように弾きたいと思うんです。でも人間だからいろんな思いが浮かんできたり雑念が出たり消えたり、集中しようとしてまたその集中という言葉にとらわれたりするんですが、岡本さんの言葉だとか感謝とかがあってこそあの演奏が出てきたんだと思うんですね。岡本さんはワイン造りのときにどのような気持ちで向き合っているんでしょうか?

O:ぼくらには観客というものがいないし、ワインになってからも熟成などとても長いので、わりと“ゼロ”という感じで自我を出すこともないですね。ワイン造りは足していくものではなくて、ぶどうの時が100とすると70で済むか90で済むかというように引き算してくイメージなんですね。だから100を200にしたり300にしたりはできないと思っているので、ある意味では向き合っていないというか、考えないでできるだけていねいに、何も考えないように同じようにしよう思っています。ワインは造り込まないです。ワインは最終生産物ではないというか、飲む人に飲む時期も委ねているので、できあがった時点では完成していないと。だからぼくは自分の味をつけなくていいと思うんですね。

h:ピアノをつくる人と弾く人の関係に近いのかもしれませんね。以前、出会ったヴァイオリンをつくっているという方が、昔の名器を徹底的に研究して、見ためを同じようにつくったものの同じ音で鳴らなかったと言って、最終的には木に行きついて、その木を育てることを始めて、今は森をつくっていると言っていました。

O:ただ単にものをつくるんじゃなくて、つながりの中でつくるというのが大切だと思うんです。ピアノもヴァイオリンも木とつながっていて、ぶどうも土と雨とつながっている。ワインもただおいしいものである必要があるのか?と思っています。ほんとうに大切なのは気持ちであって、気持ちが伝わっていればおいしいかどうかではないと思うんですね。おいしいものをつくりたいという気持ちがないので、おいしいと思ってもらいたいというよりも、何というか“なじむ”ものであればいいなと、相手に届いてつながっていることが大事だなと思うんです。

h:おっしゃる通りですね。

O:自然をワインで表現する人と、音楽で表現する人が集まって、自然を通してみんながつながる。音楽であったり、ワインであったり言葉じゃないもので自然を伝える。どう感じるかはひとそれぞれ自由でいいと思うんです。

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この対談は、2020年5月に開催される予定であった演奏会に向けて、2019年9月に学芸大学『Huminngubird Coffee』で行われました。八ヶ岳高原音楽堂での演奏会は中止となりましたが、岡本英史さんとharuka nakamuraは新しい形でのプロジェクトを構想中です。乞うご期待。

そして演奏会開催予定の5月23日に、orbeの初アルバム『orbe / orbe feat. LUCA』(レコード+CD)をresonance musicにて先行リリースいたします。

orbe / orbe feat. LUCA の作品紹介はこちらから。

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